「病は気から」を受け入れよう! 心身のバランスが大事

バランス うつ病

うつ病やパニック障害、自律神経失調症など、精神的な疾患において助言されるとき、どうしても精神論で言われることがあると思います。

これって非常にツラいですね・・・。

ただ、寛解を迎えた身としては、この精神論は間違っていないと思うんです。この問題は、心身の状態によって受け入れられないことなので、それ相当に回復していればそう思えてきますし、何よりも自分自身も精神論を言っていることに気が付きます。

どうして受け入れらえないのか

では、こういった精神論を受け入れられないのはどういうことなのでしょう。

 

「そんなことは分かっている」

「できないものはできない」

「あなたには私(俺)の気持ちなんて理解できないのさ」

「患ってみないとこの苦しみは分からない」

 

こういう風に思いませんか? 多分、思うでしょう。私もそうです。これは今なお、そういう部分が残っていてツラくなることがあります。

 

有名なのが「病は気から」だから病気と書く。

これ、その通りなんです。・・・、というと怒る人が居るかも知れませんけど、怒るのはまだ病気の真っ只中だからなので、イライラしないで読んでくださいね。

通常ですと、ガンといった内臓、骨折といったケガ、こういった病に冒されると、気持ちまで落ち込みます。
気持ちの外側で起きたことで気持ち=心まで病になっていくことがあります。

 

一方でうつ病や自律神経失調症など、精神的な病はそもそもスタートが気持ち=心が病んでいる状態です。そこから身体のトラブルが出て来ますよね。

 

私の場合、症状の最大は吐き気、そして倦怠感、過呼吸、胃痛、肌のトラブル、過眠と不眠、こういった身体への病が出て、日常生活もままならなかったです。

実体験からの答え

この理屈というか仕組みというか、実体験からの答えを、Kindle本として出版してみようかと思っているくらいに自分の中では解決しています。

「病は気から」

この続きを考えてみてください。

  • 病は気から・・・良くも悪くもなる?
  • 病は気から・・・身体不調や疾患が出る?

この言葉は正に気=気持ち=心が発端となり、結果を良くしたり悪くしたりするように理解できませんか?

 

では、お怒りの「気持ちが落ち込んでいるときに、そんなこと考えられないよ!」という精神疾患の人に当てはめて考えると、気持ちはとっくに悪くなっています。そう、そもそもが身体の不調である骨折やら内臓疾患ではなくて、心の病なんです。

 

だから気持ち次第だと言われると、それ自体が意味が分からない。できない。無理。そういう心でしょう。

そこで! 私は無い頭で考えた。

身体はコレといった疾患はない。あってもそれは心が病んだ後に出来た物であり、少なくても先ではない。

我々精神疾患の人は逆ですから「病は身体から」なら辻褄が合いますよね? まぁ、私はそう思いました。

その答えの中で、様々な書籍を読んだり、人の体験談を聞いたり読んだりした結果、結局は心を疲弊させないために休むわけでして、でも骨折もしていないなら歩くこともでき、内臓が平気なら食べ物もいただけるわけです。そちらを安静にする必要はないのでは??とそう思いました。

「病は気から」をもう一度考えてください

仮に骨折したために、得意なスポーツ、それも仕事になるスポーツが今後同じように出来なくなったとします。それではお先真っ暗です。次第に内向的になって部屋に閉じこもり、人と会うことを避け始めます。

そんなことをしていれば、心である気が落ち込みます。すると、恐らくうつ状態にも陥ることもあるでしょう。少なくてもノイローゼみたいになりますよ。

なぜなら、もうスポーツがこれまでのように出来ないは事実なんですからね。

 

そこで病は気からという言葉通り、その人は気持ちを立て直すために、捉え方を変えることで身体は不自由でも心は健康に居られます。身体ではない部分を使って=心を使って立て直せます。

仮に「病は身体から」だとしたら、その骨折している部位を使って運動しなさい!であったり、スポーツをこれまで通りにやりなさい!というお話は聞きたくもないでしょう。それも無理でしょう。

この例だと、

骨折 → ヒドいのでスポーツは無理 → 人生の設計が狂う → 落ち込む

こういう流れです。骨折という身体トラブルありきですね。

 

では、精神的なことから始まった人は?

ツラい出来事で心が壊れる → 何もしたくない → 人生の設計が狂う → 落ち込む

 

ちょっと極端ですけど、心という精神的なトラブルが発端です。そのため骨折などとは違い、身体は動くはずです。長く療養していれば、もちろんすぐに身体を使った運動は無理でしょう。しかし、身体が悪いということではないので、手も足も動きます。気持ちが付いていかないだけです。

 

逆の発想

病は気からではなく、病自体が気なので、次のように解釈しました。

「精神疾患は(病は)身体から」

もっと言うと身体は心以外ということです。

 

考えることではなく、身体を使うことがリハビリになるのではないか? そう自分の中で確信できました。

私の場合は、一番ツラかったのが仕事に行くことでした。身も心もボロボロで、空虚なまなざしだったでしょう。周りに人もツラかったと思います。

もちろん休んでからにはなりますけど、アルバイトを始めたのです。それも3ヶ月くらいですぐに。

フルタイムは心が保たない。休んでいたから身体も怠いし痛い。身体にも影響していました。ですから、休むのは大事でも頭で考えてばかりが余計に苦しくなります。仕事で悩んでいたのだから、仕事をすればいい。しかし、様子をみて短時間勤務からです。

こういったことは病院では嫌と言うほど聞いてきました。初期段階でそうしていれば、何も今も苦労することはなかったのです。しかし、どうしても心が受け付けませんでした。

手遅れになる前に

個人的には手遅れだったと思います。そのためもっと低レベルから始めました。このサイトでも何度も伝えているお散歩です。有酸素運動なら他でも構いません。

とにかく心は既に頑張っているんですよ。だから病むのです。

肘を酷使したエンジェルスの大谷翔平選手も同じで、その肘をさらに仕えとは言えませんよね?

だから、気持ちはそのままに仕事やお散歩といった行動で身体を使うのです。逆に身体を痛めた場合は心を使えばいい。

そういうバランスというものが足りなかった人生だと痛感しています。

 

これは手遅れになると回復=寛解まで相当な時間がかかります。脅かすわけではありませんけど、そのままの生活で人生が終わってしまうのは何とももったいないですよ。

元に戻りたいと思うなら、それを強く思うまでもがいて抗ってみることは大事だと思います。それでもなかなか苦しいのが精神疾患です。藁にもすがりたいのが本音だと思います。

 

まずはお散歩。そしてより負荷のかかる行動をして徐々にバランスを取れば元通りになります。これは私がその体験者です。

バランスは自律神経

身体と心は陰と陽かも知れません。表と裏。左右で考えれば、右脳と左脳。

よく言いますよね? 右脳は芸術と感情的なこと、左脳は計算といった論理的なことを司るって。

精神的に参っている時は恐らく左脳でしょう。では右脳である絵を描くとか、音楽を聴くとか、そういった芸術的なことをおこない、バランスを取ると次第に和らぎます。お香などの香りも右脳ですね。

 

もうひとつ。自律神経もそうです。交感神経と副交感神経の裏表です。

ご多分に漏れず、精神的な患者さんは、神経のスイッチはイカれていると思います。私もそう。この自律神経もバランスです。上手くどちらも機能していれば、心身は健康そのものです。

最後に

いかがでしょうか?

全ては体験談なので、客観的に証明もできません。しかし、寛解に向けて取り組み効果のあったことを整理すると、このような結論になりました。あながちハズレてはいないと思っています。

しかし、寛解を迎えた者としてもまだ社会的に元に戻ったわけでもありませんから、私自身もまだまだこれからです。

ただ、大きく落ち込んで通院したり服薬したりすることはもう無いと思っています。

 

亡くなった祖母がずっと言っていた「病は気からだよ。大丈夫」という言葉が今更ながらに実感して腑に落ちますね。

 

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